松尾汐恩は本当に盗塁を刺せないのか──「盗塁阻止率=捕手の能力」ではない理由
DeNAの松尾汐恩について、盗塁阻止率の低さを指摘する声が見られるようになっています。
そして、そこから「山本祐大をトレードに出すべきではなかった」「山本ならもっと盗塁を刺せていたのではないか」という意見につながるケースもあります。
確かに盗塁阻止率は、捕手を評価する際によく使われる数字です。
盗塁を仕掛けられた時にどれだけ走者をアウトにできたのか。
数字として分かりやすいため、
「盗塁阻止率が高い=強肩捕手」
「盗塁阻止率が低い=弱肩捕手」
というイメージにもつながりやすいでしょう。
しかし、盗塁阻止率という数字は、本当に捕手だけの能力を表しているのでしょうか。
実際には、盗塁を阻止できるかどうかには捕手だけでなく、投手のクイックや牽制、走者のスタートなど多くの要素が関係しています。
今回は松尾の盗塁阻止率をきっかけに、「盗塁阻止率」という数字をどのように見ればいいのかを考えてみます。
松尾汐恩の盗塁阻止率
今季の松尾汐恩の盗塁阻止率を見ると、8/7時点で.213となっています。これは規定守備イニングに到達している10人の捕手の中で9番目の低さです。
こう見ると確かに盗塁阻止率が低いと言えるでしょう。
しかしこれを持って「松尾の肩が弱い」と判断するのは早計です。
対比としてトレード移籍した山本祐大を見ると、DeNA在籍時とソフトバンク移籍後で大きな違いが見られました。
DeNA在籍時の山本の盗塁阻止率は.190で松尾より低かったのに対し、ソフトバンク移籍後には.333となっています。
同じ選手でありながら、所属するチームが変わったことで盗塁阻止率にもこれだけ大きな違いが生じています。
ここからも、盗塁阻止率が捕手自身の能力だけで決まる数字ではなく、投手や周囲の環境によって大きく変動する可能性があることが分かります。
盗塁は「捕手 vs 走者」ではない
盗塁を見る時、どうしても注目されやすいのは捕手です。
走者がスタートを切り、捕手が二塁へ送球し、アウトになるかセーフになるか。
映像で見ても最後に勝負するのは捕手の送球なので、「刺した」「刺せなかった」という結果がそのまま捕手の評価につながりやすくなります。
しかし実際の盗塁阻止は、捕手だけで完結するプレーではありません。
走者がスタートしてから二塁へ到達するまでの間に、
投手が投球動作に入る
ボールが本塁へ到達する
捕手が捕球する
ボールを持ち替える
二塁へ送球する
野手が捕球してタッチする
これだけの工程があります。
つまり、本来は「捕手 vs 走者」ではなく「投手・捕手・二塁守備 vs 走者」と考えるべきプレーです。
その中でも特に大きな影響を持つのが、投手がどれだけ素早く本塁へ投げられるかという部分です。
FanGraphsの分析では投手側の時間に強い相関
この点について興味深い分析があります。
FanGraphsは2013年、「The Overrated Value of Catchers' Throwing Arms」という記事を公開しています。
この分析では、2011年から2012年に行われた一塁から二塁への盗塁企図から100件を抽出し、映像を使って投手と捕手、それぞれにかかった時間を計測しています。
その結果、捕手がボールを捕ってから二塁へ送球が届くまでの、いわゆるPop Timeと盗塁阻止率の相関はほとんど確認されませんでした。
一方で、投手が動き始めてから捕手がボールを捕るまでの時間と盗塁阻止率には、非常に強い関係が見られました。
投手側の時間が0.9秒から1.3秒だったケースでは盗塁阻止率が約67%だったのに対し、1.8秒から2.0秒では約22%まで低下しています。
捕手のPop Timeは大体1.8〜2.0秒の間に集約されるのに対して、投手の動作から捕手が捕球するまでの時間は、投手によって1.0秒近く差が出やすいです。
もちろん、これは100件を抽出した古い研究であり、この数字だけですべてを断定することはできません。
それでも、「盗塁阻止率は捕手の肩だけで決まるわけではない」ということを考えるうえでは、非常に示唆的なデータです。
データ引用元:
捕手が速く投げても間に合わないことはある
時間で考えると、さらに分かりやすくなります。
仮に、投手が投げ始めてから捕手に届くまで1.2秒、捕手が捕ってから二塁へ送球するまで2.0秒だったとします。
合計では3.2秒です。
一方で、投手が1.7秒、捕手が1.8秒
だった場合、捕手だけを見れば後者の方が素早く送球しています。
しかし合計は3.5秒です。
つまり、捕手自身の動作は速くても、投手が投球に時間をかければバッテリー全体では遅くなります。
走者が二塁へ到達する時間は待ってくれません。
投手のクイックが遅ければ、捕手はボールを受け取った時点ですでにかなり不利な状況に置かれている可能性があります。
逆に投手のクイックが早ければ、捕手は多少送球に時間がかかってもアウトにできる余裕が生まれます。
盗塁阻止率だけを見て捕手の送球能力を判断するのが難しい理由は、ここにあります。
ここまで見てきたように、盗塁阻止率は捕手の肩だけで決まる数字ではありません。
では、この考え方を今季の松尾汐恩に当てはめると、どう見えるのでしょうか。
ここからは松尾自身の過去の数字や、今季大きく変わったDeNAの先発投手陣にも目を向けながら、「松尾は本当に盗塁を刺せない捕手なのか」、そして山本祐大のトレード評価とどう切り分けて考えるべきなのかを掘り下げていきます。
