【DeNA】本当に“データ偏重”なのか──アナリスト批判の違和感と現代野球の現実
最近、DeNAの戦い方について「データを重視しすぎているのではないか」という意見を見かけるようになりました。
極端なものとしては「アナリストを減らせ」という意見も見られます。
スタメンが固定されない。
左右の相性で起用が変わる。
結果を出した選手が翌日はベンチスタート。
こうした起用法を見ると、「数字ばかり見ている」「感性が失われている」と感じるファンがいるのも理解できます。
ただ、だからといって「アナリストを減らした方がいい」という意見には、私は大きな違和感があります。
本当にDeNAはデータ偏重なのでしょうか。
そして、アナリストはチームを弱くしているのでしょうか。
少し冷静に考えてみたいと思います。
「データ偏重だから弱い」は本当に正しいのか
今季のDeNAには確かに課題があります。
先発投手陣の苦戦
本塁打数の低迷
外国人補強の誤算
主力離脱の影響
どれも事実です。
しかし、それらを見て「データを重視しているから弱い」と結論付けるのは少し乱暴ではないでしょうか。
もしデータ重視がチームを弱くするなら、なぜDeNAはここまで安定した球団になれたのでしょう。
DeNAは球団買収以降、分析部門の強化、育成環境の整備、ドラフト戦略の改善、動作解析をもとにした科学的分析を進めてきました。
その結果、直近10年間で7度のAクラス入りを達成しています。
これは球団史を振り返っても、最も安定して勝てている時代です。
つまり現在のDeNAを作った要因の一つが、まさにデータ活用でもあるのです。
感性とデータは対立するものではない
よく「昔は感性で野球をやっていた」という話があります。
確かにそれは間違いではありません。
野球は人間がやるスポーツです。
選手には感覚があり、自信も迷いもあります。
数字に表れない成長もあります。
だから感性は大切です。
しかし、感性が大事だからデータはいらないという話にはなりません。
例えば打者ならどのコースが苦手か、どの球種に弱いか、どんな状況で結果が出ているか、こうした情報を知ることは決して悪いことではありません。
むしろ感性だけでは見えない部分を補うのがデータです。
本来は感性かデータか、ではなく感性+データなのです。
「アナリストを減らせ」は本当に正しいのか
今回の議論で最も違和感を覚えたのがここです。
私は、アナリストを減らすべきという意見には明確に反対です。
なぜならアナリストは監督や選手の代わりではなく、支える存在だからです。
例えば現在のプロ野球では、
相手投手の分析
打球傾向分析
守備シフト設計
怪我予防
疲労管理
ドラフト候補分析
外国人補強調査
などなど、膨大な仕事があります。
もしアナリストを減らしたら、誰がそれをやるのでしょうか。
これらは単にプロ野球選手としての経験があれば務まる、という仕事ではありません。特に分析においては感覚で判断するよりも、客観的なデータの方が的確ですし根拠があります。
怪我などフィジカル面でも、昔は逆に酷使やオーバーワークで故障しやすくなったり選手寿命を縮めやすくなっていました。それが動作解析やデータ分析の発達により、改善されてきています。
そしてこれは何もDeNAだけが取り組んでいるものではなく、むしろ現在のプロ野球は、どの球団も分析部門を拡大しています。
MLBではさらに顕著です。
もしアナリストが不要なら、なぜ世界中の球団が分析部門へ投資しているのでしょうか。
答えは簡単です。
必要だからです。
アナリスト不要論が出る背景には、チーム成績への不満もあるのでしょう。
しかし分析部門の存在そのものを否定するのは少し短絡的ではないでしょうか。
ここまでは、「アナリスト不要論」に対する私なりの考えを整理してきました。
ただし、だからといって現在のDeNAの分析体制に全く課題がないと言いたいわけではありません。
むしろ本当に考えるべきなのは、「アナリストが多いか少ないか」ではなく、分析結果をどう現場で活かすかという部分です。
ここから先は、DeNAが抱える本当の課題と、分析と現場がどのように共存すべきなのかについて、もう少し踏み込んで考えてみます。